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ポジティブ心理学研究所

幸福度(EQ)アップの研究所です。ポジティブ心理学に出会う前の古い記事はネガティブなので注意。

ツイキャスやティーン()の集まる場がなぜ怖いのか考えた

インターネット

昔ながらのネットのコミュニティというのはいわば「濃い」人たちの集まる場所だった。

ネットやPCに詳しかったり特定の分野に精通していたり、とにかく色々な意味で濃い人たちが集まり、集まることでさらに濃度を高める場所だった。

ところがツイキャスでワイワイやっている層というのは、そういうのとは何の縁もない、ネットにくわしいわけでもないとりわけふつー(どちらかといえばおつむのたりない)のJKたち、いわば「薄い」層なのである。
こういうネットに情報を晒すことや、顔を晒すことのリスクわかってない薄ーーい人たちが、普通にネット上に存在している、今までのインターネットの状況になかった、いわばパラダイムシフト。
だからといってかつてから存在している「濃い」層だって以前として存在している。
この両者の「落差」、ギャップがあまりにも大きすぎて同時に現実として受け止めきれないのである。だから気持ち悪いし「怖い」。
同じネットという空間にありながら、あまりにもネットに対する意識の違い。こういったティーンたちが何の疑問もなく本名や所属、顔を晒してる空間に恐怖や不気味さを感じるのだ。

これがツイキャスだけなら、ツイキャスには「そういう層」しかいないから完全に住み分けできてていいが、ツイッターには前者の層とティーンの層が混在している。
タイムラインはあまりにもクラスタ間のカプセル化ができすぎていて、バカッターなんてどこにあるんだと思うようなタイムラインでも、ツイッターという同じ場所の別のところで、クラスタの全くかすりすらもしない、別の「薄い」層がやいのやいのやってるのである。
こういった、(自分にとっては感知できない)水面下で、想像のつかないとびきりお馬鹿な人たちが存在しているということが、やはり普段見えない分、何か虫のような微生物が悪さしてるような、なんとも形容しがたい不気味さがあり薄ら寒いのだ。

まあ、いうほどぼくはツイキャスとやらを見たことないんですがね