ポジティブ心理学研究所

幸福度(EQ)アップの研究所です。ポジティブ心理学に出会う前の古い記事はネガティブなので注意。

ニコ生「囲碁の取り組みに関する発表」とは囲碁電王戦のことだった!!

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数日前からニコ生の予定にあるだけで、それ以外一切ベールに覆われ何の情報もなかった「囲碁の今後の取り組みに関する発表」が、本日さきほど行われた。

その「取り組み」とは囲碁における電王戦の開催のことだった。

囲碁におけるコンピュータの位置付け

将棋の電王戦

ニコ生の将棋電王戦は非常に盛り上がりを見せている。

これは将棋のコンピュータがもはやプロ棋士を凌駕するまでに成長してしまったからだ。
世間では「拮抗するほどまでに」という表現に押さえられているがもはや現実問題として凌駕しているという事実がある。昨年はバリバリのA級棋士である三浦弘行八段が敗れた。
「プロ棋士に拮抗」とはもはや事実を表していない欺瞞あふれる表現となった。

森内や羽生が敗れるのも、マッチングが行われていないだけで、マッチングさえされれば、これはもう時間の問題だろう。

ということで、将棋の生放送番組では「プロがソフトに敗れるのかどうか」を最大の目玉とした電王戦を中心に、各棋戦の放送が頻繁に行われ、将棋ファンの多さもあいまって一定の盛り上がりを見せている。

囲碁のCOMの弱さ

そこへいくと囲碁はどうだろうか、COMはまだまだ弱い。
なのでまだまだ19路で互先*1というわけには行かなかったようだ。

プロ2人とは9路の互先で行い、13路はアマチュアトップ、19路にはなんと政界代表として小沢一郎がコンピュータZenと対峙する。

囲碁COMは弱いので、電王戦やるという発表を見たときは盛り上がるだろうかと思ったが、小沢一郎を引っ張ってきたところはうまいと思った。
これならば囲碁を知らない人たちの注目も集めることだろう。

日本棋院の取り組みの遅さとやる気のなさ

たしかに電王戦をやることで、囲碁ファン以外の視聴者層をある程度取り込むことができるだろう。
これ自体は悪い企画でないように思う。
ただ、囲碁ファンからすれば、そこまで内容を期待できないことは見えているが。(COMがプロと対等でないことを知っているので)

そもそもニコ生で囲碁がいまいちな元をただせば、盛り上がっていない要因として、日本棋院のやる気のなさがある。

ニコ生下部ページへ行くと将棋は予定でびっしりである。

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その反面囲碁はどうか、ただいま棋聖戦真っ最中であるのにも関わらず一切放送していない。
棋聖戦は読売新聞主催で行われている棋戦で、棋戦の中でももっとも高額な賞金の出る一番大きい棋戦である。

当然、囲碁ファンからの注目も高い。井山という若手六冠が棋聖も保持しており、若いニコニコ層の注目を集めるには格好の材料となる。

電王戦で新規取り込みを図る前にもっとやることあるだろ!

そもそも今回の電王戦自体もドワンゴのほうからの働きかけという。すべてが後手後手で本当に普及させる気があるのかどうか日本棋院の見識すら疑うレベルでセンスがない。

コンピュータが弱いことは悪いことではない、むしろありがたい

一部では、コンピュータが弱いことを不幸であるかのように語る人がいる。

だがコンピュータが弱いということはそれだけ、ゲームの複雑さやどれだけ奥深いか、ということを測れるものさしにもなりうる。

一節ではオセロ、チェス、将棋、囲碁はそれぞれ取りうる局面の数が順にオセロ10の60、チェス10の120、将棋10の220、囲碁は10の360乗と言われている。

そして順にコンピュータの強い順にもなっている。オセロはもはや人間では太刀打ちできない。

囲碁は不人気だから研究者が少ないから弱い?

一部では囲碁は不人気だから研究者が少ないから弱い、という語る将棋勢もあるがそれは大きな誤解で単純に囲碁はコンピュータにとって難しいゲームなのだ。
それにむしろ囲碁は世界的にソフト開発者がいる。

そもそもなぜ囲碁のCOMは弱いか

囲碁の場合、19路もフィールドがあり、局面が圧倒的に多いということもあるが、弱い理由はそれだけではない。
なぜなら、9路盤で換算すると将棋のほうが手数が長くとりうる局面の数も多いのだが、9路でもまだプロのほうが強いからだ。これが囲碁の複雑さが盤面の広さだけが理由ではないことを物語っている。

将棋のようなチェスライクゲームの場合、それぞれ駒の動きが設定されていて、駒の強さも違い、それぞれ駒の価値や局面の価値をコンピューターが評価しやすいという面がある。

一方囲碁はというともっと抽象的だ。石はすべて等価値だが、その局面や形によってまったく価値や評価が異なってくる。 この抽象さがコンピュータが発達してこなかった主な要因となっていた。

近年はモンテカルロ法という手法でブレイクスルーを果たし以前とくらべてだいぶ強くなったとはいえそれでもまだまだ人間のプロには及ばないでいる。

ソフトが強くなると本当に楽しいか?

人生かけて切磋琢磨して競技をしてる人の対局を、茶の間でこたつにぬくぬくつかって鼻くそほじりながらアマチュアがトップ棋士同士の対局をソフトで先読みしたり検討できてしまうことのほうが不幸だと思う。

これはどう考えてもその競技世界に対して萎える要因となる。
我々に見えない世界が見えている、誰にも思いつかない一手を打って起死回生を果たす。そういった圧倒的強さが棋士の魅力なのだ。

コンピュータに負けたらルールを変えるとかいう謎理論

コンピュータに負けたら駒の動き変えればいいとか、盤を広くすればいいとかいう、コンピュータ中心の謎意見をよく目にするがまったくもって意味がわからない。
コンピュータと競うために将棋や囲碁のルールがあるわけじゃない。ルールを変えたらそれは別のゲームだ。

ルールはそれまで人間が楽しむために行ってきた競技としてのルールであり、コンピュータに勝つことを目的として設定しているわけではない。

結局のところ、この界隈の最後の砦は囲碁になる

将棋もプロでは勝てなくなり、頭脳ゲーム、戦略ゲームではコンピュータに人間は勝てないといった状況になった時、最後の砦になるのが囲碁だと思う。
そうなると囲碁も一躍、それまで別のゲームをしていた人間も移ってくるようになるんじゃないかとかんがえる。

なにしろ、上で書いたように、「その道のトッププロ同士の対局」の一手を、遠く実力の及ばないアマがコンピュータを使って「これは握手」だとか「もう詰み」だとか断罪できるような世界より魅力的だと思うからだ。

人間にしか思考できない抽象的なゲームでトップに君臨する棋士というのはやはりかけがえの無い魅力だと思う。

まとめ

囲碁の棋士がコンピュータに負けるのは将棋よりも、あらゆるテーブルゲームよりもずっと後の話だとは思うが、どっちにしろそういう日は来なくていいかなあと思う。

将棋は、羽生が負けたらどうなるんだろうなあ。羽生の担ぎ出しはまだ遠そうだが。

ともかく、これをきっかけに囲碁を始める人が増えればいいなあと思う。

コンピュータ囲碁 ―モンテカルロ法の理論と実践―

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コンピュータ囲碁の入門

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*1:たがいせん:ハンデなしの対局