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ポジティブ心理学研究所

幸福度(EQ)アップの研究所です。ポジティブ心理学に出会う前の古い記事はネガティブなので注意。

むやみやたらと差別という言葉を使いたがる人がいるが単に嫌われてるだけ

※頭がやわらかい人向けの記事です。

黒人の暴動は韓国人への差別か?

アメリカロサンゼルスで黒人が暴動を起こした際、韓国人街が狙って襲われたという話がある。

これは普段、韓国人が黒人に差別意識を持ち迫害していたことに起因している。

遍路ステッカーにNOという挑戦状を叩きつけた張り紙が差別かどうかという問題は、この黒人たちの行動を韓国人差別といえるのかどうかということに答えがあると思う。

暴動を起こした黒人たちは韓国人街を狙って襲った、これは韓国人を差別しているからだろうか。

しかしそれは違って、普段迫害されていた恨み節が炸裂しただけにすぎない、つまりただ単に性格と日頃の行いが悪くて嫌われていたのだ。

一方現代に目を向けてみると、我々日本人、日本という国家自体も現在進行形で韓国人たちによって慰安婦等の摩擦によって国際社会に不実の罪を喧伝され不当に虐げられている。

我々を迫害を受けた黒人と見たとき、ここまでされては十分に彼らを嫌う理由になってるのではないだろうか。

一方的に嫌って嫌がらせをし続けてるくせに、嫌がらせを受けてる側が彼らを嫌いになるのは差別だという無茶が通るだろうか。

相手の立場になって考えよう

霊長会だかなんだかしらないが、遍路の道周辺に済む人がすべてその会の人間というわけではないし、その会の行っている企画や行動などについてすべて把握しているわけもない。

つまり張り紙をした人間はことの細かな事情など知らなかった可能性のほうが高い、後から記事を見て情報を得た人間ですらそうなのだから。

ということで、日頃から評判の悪い韓国人(朝鮮人)である。彼らは富士山だかどっかの湖だかに韓国旗を立てたこともある。

その彼らがステッカーを県中いたるところに韓国デザイン丸出しのステッカーを貼りつけていたらどう思うだろうか。またやつらか、また悪しき考えをもって日本に何か不利益をもたらそうとしている。

元々信頼がないので、ステッカーを見た人たちにこう捉えられても不思議ではない。

また、仮にステッカー反対の張り紙を差別だとして話をすすめよう。

立場を逆にして考えるのがこういう時の定石だ。

我々日本人が外国で同じような行動をとったとする。海外にはあちらからみて外人(日本人、アジア人)に偏見、差別意識を持つ人もいるだろう。

日本人がその外国で日本デザインのステッカーを街中貼りまくったとする。もちろんそれを見たその国の人は事情を知らない、そして元から偏見のある人が見れば今回の張り紙のように「気持ち悪い」といった感情をもって反対する人がいるだろう。

仮にこれを日本人への差別だとしよう。

さあ、差別された。どうするか。

こんなのは受け入れるより他ない。

差別するなという押し付けでは差別問題は解決しない

今、海外で日本デザインのステッカーを貼って、「気持ち悪い」と「差別」された状態である。

ここで日本人の多くは、「まあ、そう思う人もいるだろうし、ここは海外だししゃあないか」と一種の諦観を持つ人が多数ではないだろうか。

一番の悪手は、どこかの国の人のように仲間を引き連れて来て「差別だ!差別するな!!」と喚き散らして相手を屈服させることである。

屈服された側は果たしてそれで彼らへの偏見が消えるだろうか、むしろ「あいつらのせいで苦渋の目にあった、面白くない!この野郎、許さん!!」と返って憎しみが倍増すること間違いなしだ。

つまり、「押し付ける」ことでは差別意識を取り除くなど不可能だ。返って助長している。

「嫌う」ことの禁止は思想信条の自由の迫害以外の何者でもない

差別という前提で話を進めたが要は嫌われてるだけだ。友好的な関係の人間同士であればこういったことにはならない。

しかも彼らは好かれる努力をするどころか「嫌うな(差別するな)」と押し付けるばかりで逆効果の喧伝ばかりする始末だ。(もっと正確には「俺達は嫌がらせを続けるけどおまえらは俺らを嫌うな」)

数多ある食べ物の中で美味しいものはたくさんある。数多ある美味しい食べ物の中からわざわざ好んで糞まずい食べ物を食らうやつがあるだろうか。例えばおいらは茄子は好きだが、茄子がまずくて茄子を嫌うことは自由だ。

ただの「嫌い」という感情を何でもかんでも差別問題に繋げて、嫌いな者や団体・国家への抗議行為の封殺につなげるのは思想信条の自由を奪うことにもつながる。

「嫌い」はたくさんなのに問題になるのはいつも同じ人たち

数多ある「嫌い」だが、韓国・朝鮮関係だけやたらと「差別」という問題に敏感なのも逆効果を高めている。

なぜ特定分野の嫌いにだけ異常反応を示す人たちがいるのだろうか、またその人たちは反差別の割になぜ他の嫌いには無関心なのだろうか。

こういったわかりやすい態度がより反感を買っている原因になっているだろう。

傍からみれば悪手しか打たないヘボ碁打ちである。(河内[ごうち]ではない)

とりあえず嫌われる行動を自粛しろ

差別かどうかはともかく、許可のないステッカー・張り紙という手段を擁護しているわけではないことは明らかにしておきたい。

さんざん嫌われる行動をしておいて「嫌うな」という主張には無理がある。嫌われない行動をとることでしか友好の道はひらけない。

結局のところどちらにとっても不幸しか呼び寄せないような人間とは関わらないのが一番の得策だ。今までで彼らとか関わって一回たりとも得したことがないのが物語っている

関連記事:なぜヘイトスピーチを辞めてほしい方々は全く逆のことをするのか、北風と太陽を知ってるかい

ステッカーのデザイン

個人的には韓国人のデザインセンスがあまり好きではないのであのステッカーは気持ち悪いと思う。

(いわゆるバタ臭い洋物なキャラクターとかも気持ち悪いのが多いが、これには気持ち悪いといっても差別にはならない模様。)

エンジョイコリアの時代から囲碁対局サイトやニュースサイトも含めて、あちらのいろいろなデザインを見てるがやはり国ごとに感性は特徴的だ。

パステルカラーが好きだったり丸みを帯びてたり太極旗の2本線みたいなのがよくある。もちろんどのデザインも微妙に違ってはいるが総合的には韓国デザインの独特な見た目になる。

センスが日本人と違うから統一するにしても日本人にデザインさせたほうが四国の美しい景観は損ねないだろう。

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